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睡眠とは何か?

睡眠とは何か?

 以下は「睡眠の科学」櫻井武氏著 講談社文庫より 抜粋、引用したものです。
 (櫻井武氏は1998年に覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見し、脳内新規分子の探索をすすめ、
  睡眠、覚醒機構や摂食行動の制御機構、情動の制御機構の解明を目指して研究を行っておられる。
  同著作内解説より引用)
睡眠の定義
1:外部の刺激に対する反応性が低下した状態であり、容易に回復するものである。
 つまり、植物状態や脳死などの昏睡状態にある場合や、全身麻酔で眠っている場合も刺激に対する反応性は低下しているが,″容易に回復できる”という事を満たさない為に睡眠とは看做されない。
2:睡眠時は感覚系に於いて外部の刺激に対する反応性(脳へのインプット)の低下がみられるとともに、運動系(脳からのアウトプット)に関しては、目的を持った行動が無くなる。
 睡眠中にも寝返りを打つなどの自発行動はあるし、場合によっては「レム睡眠行動障害」や「夢遊病(夢中遊行)」と言う病気で睡眠中に動くことはあるが、それらは目的を持った行動とは言えない。
3:睡眠時にはその動物特有の姿勢を取ることが多い。
 人間の場合は、通常、横になって眠るし、ラットやマウスの場合は身を寄せ合って身体を丸めて眠る。
 動物によっては立ったまま眠るものもある。
 またどんな動物も巣に帰って寝る場合が多い。
 人間の場合も自宅で眠る場合が多い。
 しかし渡り鳥などは飛びながら眠ることが出来るし、イルカは泳いだまま眠ることが出来る。

脳波による睡眠の計測

睡眠を測る指標として人の脳波が初めて観測されたのは1924年ドイツの精神科医、ハンス・ベルガーによってである。
この脳波計測によって睡眠のステージがあることが観測され、1968年レヒトシャヘンとカレスにより脳波記録をもとにした人の睡眠ステージの判定基準がまとめられ、下記のように人の睡眠を5つのステージに分類した。

睡眠の各段階(ステージ)と脳波

分類されたのはレム睡眠(急速眼球運動睡眠)と、深さにより第1段階から第4段階までに細分化されるノンレム睡眠である。
更にノンレム睡眠でも第3段階と第4段階は、徐波睡眠(スローウェーブスリープ)として区別される。(左図参照)
脳波によって分類すると、
◇覚醒時は周波数の高いベータ(β)波が脳全体に相当する領域で観察される。
◇覚醒のまま目を閉じると、後頭葉の近くでアルファ(α)波が出始める。
◇ノンレム睡眠に入ると更に周波数が低いシータ(Θ)波が現れてくる。
◇第一段階
 α波が全体の50%以下まで減少した状態をノンレム睡眠の第1段階と判定する。
◇第二段階
 紡錘波とK複合波とよばれる特徴的な波の出現するのが、第2段階である。
◇第三段階 
 2ヘルツ以下の徐波(デルタδ波)が全体の20%以上かつ50%以下の段階が第3段階
◇第四段階
 2ヘルツ以下の徐波(デルタδ波)が全体の50%以上を占める段階を第4段階
としている。

レム睡眠の発見

レム(REM)睡眠=急速眼底運動(rapid eye movement)
1953年シカゴ大学のユージン・アセンスキー氏とナサニエル・クライトマン氏によりなされた睡眠学史上の大発見。
アセンスキー氏による7歳の息子の注意力に関する実験から偶然この現象を見出した後、彼らは被験者を増やして実験を進め、この睡眠中の眼球運動が、心拍数や呼吸数の変化も伴っていることを見出した。
そしてこの現象は睡眠中に規則的に脳が強く活動していることに由来していることに気付く。
それまで、睡眠中は脳の活動は低下していると考えられていたので、この「睡眠中の脳の賦活」は大発見であった。
(脳研究の分野では、脳の活動が高まることを「賦活」と表現することが多い。)
彼らはこの現象を、急速眼球運動(rapid eye movement)を伴う睡眠と言う意味で、頭文字を取ってレム(REM)睡眠と名付けた。
睡眠
ステージ
眼球運動 意識 感覚よりの入力 筋肉への出力 行動 脳波
覚醒 見たいもの
追尾
意識清明
情報完全認識
100%筋に
伝わる
正常 目的を持って
行動
低電圧・
速波
無し
ノンレム睡眠 眼球運
動無し
レベル低下
弱い刺激で覚醒
脳に伝わるが
感覚処理中枢
機能低下
脳からの指
低下するが
零ではない
寝返り打つなど 高電圧・
徐波
単純な夢
レム睡眠 急速眼球
運動
レベル低下
強い刺激で覚醒
視床でブロック
されている
ほぼ消失 殆どなし 低電圧・
速波
複雑、
奇妙な夢

レム睡眠中は脳が活発に活動している為に一般的に「レム睡眠は浅い睡眠」と言われることがあるが正確ではない。
上記の図中の比較からも解る様にレム睡眠は、ノンレム睡眠と比べて「量的に」違うのではなく、「質的」に全く違うものであると考えるのが至当である。
コンピューターに例えるならば
覚醒 コンピューターがオンでインターネットにつながっている状態
ノンレム睡眠 スリープモード状態
レム睡眠 オフラインで使っている状態
と言える。
人は1日の1/3を眠って過ごすが、その睡眠時間の内1/4がレム睡眠である。

ノンレム、レム二つの睡眠の大きな違い

ノンレム睡眠とレム睡眠では、脳だけでなく、全身の生理機能にも非常に大きな違いがみられる。

ノンレム睡眠時に全身に現れる特徴は
 ノンレム睡眠は一般的には脳の休息の時間だと考えられている。
 脳のエネルギー消費とニューロンの活動は一日の内で最低になる。
 脳波には、ゆっくりとした大きな振幅の波が記録される。
 これは大脳皮質のニューロンが同規制を以って転嫁し始めることによる。
ノンレム睡眠時の身体の特徴的な機能は
 脳の運動機能をつかさどる領域が全身の筋肉に命令を下すことが少なくなる為、筋の活動は少なくなる。
 しかし必要に応じて寝返りなど、運動をすることは可能な状態である。
 体温も下がり、エネルギー消費も少なくなる。
 自律神経系の機能では、交感神経の機能が弱まり、副交感神経の機能が亢進する。
 その為に、血圧や心拍数は下がり、消化器系の機能が亢進する。
 ノンレム睡眠時は脳が機能を落としている為に、身体も脳も休息状態にある様に見え、感覚系の入力の処理は覚
 醒時の様にはいかない。
 しかし感覚系が完全に遮断されているわけではない。大きな音がしたり、周囲が急に明るくなったりすれば誰でも目
 が覚めることを考えればわかる.

レム睡眠時の脳と全身の機能の特徴は
 ノンレム睡眠と大きく異なり、脳は覚醒時よりも(それも難しい数学の問題を解く等の知的な作業をしている時より
 も)活発に活動している。
 レム睡眠は非常にミステリアスな状態であり、夢と関係が深い。
 レム睡眠中に覚醒させると、人は非常に詳細に見ていた夢の内容を話すことができる。
 しかもその夢は非常に不可解で奇妙な、そして時にとても魅力的なストーリーを持っている(ノンレム睡眠のときにも
 夢は見るが、内容は平板で単純である。)
 レム睡眠時の大脳皮質は覚醒時と同等か、あるいはそれ以上に活動している為に、脳波は覚醒時と非常によく似
 た低振幅の速波である。
 この事から、レム睡眠は逆説睡眠(paradoxical sleep)とも呼ばれている。」
 レム睡眠時には脳幹から脊髄に向けて運動ニューロンを麻痺させる信号が送られている為に、全身の骨格筋は眼
 筋や耳小骨(中耳の小さな骨)の筋肉、呼吸筋等を除いて麻痺している。

 その為レム睡眠時には脳の命令が筋肉に伝わらないので、夢の中での行動が実際の行動に反映されることはない。ただ眼球だけは、不規則に様々な方向に動いているのである。
レム睡眠時の自律神経の働き
 不可解なことにレム睡眠時は交感神経と副交感神経が両方とも活性化されている。
 その為心拍数、呼吸数が増えると共に陰茎の勃起が起きる。
 また体温調整機能はほぼその機能を停止する。
 感覚系から脳への入力は、中継点である視床と言う部分で遮断される。
 又出力としての運動を起こすことも出来ない。

 にも拘らず、中枢である脳は賦活されている。つまり身体と脳波の間の情報交換をカットした状態で、脳自体は活発に活動しているのである。
 

ルール通りに繰り返される゛睡眠のかたち”

睡眠の75%はノンレム睡眠であり、残りの25%がレム睡眠である。
これらは規則正しく繰り返される。
健康な睡眠では、レム睡眠は必ずノンレム睡眠の後に現れる。
レム睡眠が終わるとまたノンレム睡眠に戻る。これをおよそ90分ごとにくりかえしている。
下記は睡眠中に見られる睡眠ステージの変化を時間に対して表したものであり「睡眠図」と言う。

 (上記は健康な成人の睡眠図。睡眠図とは横軸に時間、縦軸に睡眠段階を取って、一晩の変化を示したもの。)

ノンレム睡眠とレム睡眠
人は眠るとまず、ノンレム睡眠に入る。
ノンレム睡眠の時は、大脳皮質のニューロン(神経細胞)の活動が低下して、だんだんと同期して発火する様になる。
眠りが深い程、神経細胞の発火はゆっくりと同期して起こる様になる。文字通り脳が゛スリープモード”に入ったことを意味する。
ところがしばらく(60~90分)経つとなぜか脳波また活動を始める。これがレム睡眠である。
脳は覚醒時と同様か、あるいはそれ以上に強く活動している。
しかし感覚系や運動系が遮断されている為、身体は眠った状態にある。
感覚系を介して脳に伝えられるべき情報は、大脳の深部にある「視床」と呼ばれる情報の中継点を介する。
レム睡眠時には、視床での情報伝達が遮断されているのだ。
逆に、脳から運動系を介して全身の筋肉に伝えられる情報は、脊髄のレベルでカットされている。
つまりレム睡眠時は、脳へのインプット(感覚)と脳からのアウトプット(運動)がインターフェースのレベルで遮断されてしまっている云わば゛オフライン”の状態にあると言える。
インプットやアウトプットを遮断しなくてはならない理由は大脳の機能にあると思われる。
レム睡眠時、大脳皮質は覚醒時よりもむしろ活発に活動している。この状態では脳を外界と遮断しておかなければ、身体の機能が暴走して、眠っていながら動き出してしまうだろう。
実験的に「人をレム睡眠の最中に起こしてみると、ほとんどの場合、被験者は「夢を見ていた」という。
つまりレム睡眠の時には脳の強い活動の反映として夢を見るのだという事が分かる。
このように私達は眠っている間にも、脳は全く異なる2つの状態、ノンレム睡眠とレム睡眠を機sく正しく繰り返しているのである。
睡眠の出現段階
ノンレム睡眠は第1段階から第4段階まで四つの段階に分けられる。
人の脳の睡眠・覚醒ステージは、覚醒とレム睡眠を含めて全部で6段階に分類される。
正常な睡眠では、就寝後覚醒状態が10分から30分ほど続き、まず第1段階のノンレム睡眠に入る。
その後睡眠は第2段階、第3段階、第4段階と深くなっていき、やがて最初のレム睡眠が現れる。
この睡眠に先行するノンレム睡眠の長さを、レム潜時という。
ノンレム睡眠に入ってからレム睡眠が終わるまでを「睡眠単位」と呼び、通常ほぼ90分の睡眠単位を4回から5回繰り返すと覚醒する。
睡眠が進むほど(後半の睡眠単位ほど)深いノンレム睡眠が少なくなり、レム睡眠は増加知れレム潜時も短くなる。
しかし必ずノンレム睡眠が先行するというルールに変わりはない。
ただし非常に疲れている時や断眠後にはレム潜時がかなり短くなる場合もある。

 

睡眠時の脳

ノンレム睡眠時の脳活動
レム睡眠とノンレム睡眠では脳が全く違う状態にあることは明らかにされてきたが、更にそれぞれに特有の脳活動のパターンがあることも研究で明らかになってきた。
それぞれの場合の脳活動の違いとは?
深いノンレム睡眠(徐波睡眠)では、脳全体の血流量は低下する。
これはノンレム睡眠時に脳が休息状態にあることを示している。
特に脳幹、前脳基底部、視床の活動が顕著に低下する。
これらの領域は覚醒の制御に強く関るところなので、ノンレム睡眠の時に活動が低下するのは当然である。
しかし唯一、ノンレム睡眠中に活動が高くなる部位が存在する。
それは睡眠中枢である。睡眠中枢は間脳と中脳との移行期にある「視床下部」の前部、正確には「視索前野」と言う部分に存在する。

睡眠は脳が「眠らせる濃」によって積極的に作り出している。
  睡眠はこの睡眠中枢が活性化することによって、つくり出されている。
  つまり睡眠は受動的なモノではなく、脳が積極的に作り出しているものなのである。
  この視索前野を「眠らせる脳」と呼ぶ人もいる。

ノンレム睡眠時の大脳皮質の活動の低下は、一様に起こるわけではなく、言語中枢を含む佐側頭葉や、左前頭葉の領域の低下が強く現れることが知られている。
この事は睡眠が「脳全体」に一様に起こるものではなく、「局所」で制御されていることを意味している。
この現象は「ローカルスリープ(局所睡眠)」と言われている。
更に最近では、睡眠は大脳皮質の「コラム構造」の単位で制御されているという説もある。
レム睡眠時の脳活動
レム睡眠時の脳内活動のパターンは極めて特徴的である。
まず、脳幹の橋で橋被蓋と言う部分の活動が高くなる。
この部分はレム睡眠を駆動する中枢であると考えられる。
ここにアセルコリンという脳内物質を持つニューロン(コリン作動性ニューロン)が存在し、レム睡眠時に活発に活動する。
また偏桃体や海馬と言われる部分が活動する。これらは「大脳辺縁系」と呼ばれる部分の一部で、感情や記憶に関わっている。
レム睡眠時に見る夢が「怖い」「楽しい」等様々な感情を伴うものが多いのは、偏桃体の活動と関係している故と考えられる。
海馬は宣言的記憶に関与する部分であり、睡眠と記憶や学習との関連が示唆されている。
更にレム睡眠の時に見る夢は物理的にあり得ないことが起きたり、時間関係がめちゃめちゃだったりと奇妙な内容のものが多い。
夢を見ている時に奇妙だと気付かないのは、
前頭葉前頭前野側外側部という部分の機能が低下している為である。

脳の構造

人の脳波、重さが約1300グラムの器官である。
脳は身体が使う全エネルギーの約20%を使う贅沢な器官である。
その内約80%は細胞の静止膜電位を生み出す為のポンプの駆動に使われている。
即ち情報処理の為に大部分のエネルギーを使用している。
脳波階層構造を持っている。
一番内側には脳幹と呼ばれる構造がある。
これは脊髄と連続していて、下から延髄、橋、中脳がある。
脳幹は生命維持装置の働きをし、循環や呼吸の中枢がある。
中脳と連続して大脳の最深部に位置するのが視床下部である。
脳の機能は部位別に役割分担されている。これを脳の「機能局在」と呼ぶ。
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